「存在理由が欲しいの。」
あの日、彼女は、確かにそう言った。
君にとっての、存在理由
。
あれは・・・放課後の教室。
俺は、同じクラスの、さんと、一緒に日直の仕事をしていた。
そうしたら、彼女は、突然こう言ってきた。
「私ね、存在理由が欲しいの。」
突然、何を言い出すのだろうか。
存在理由?それは、どういう事?
欲しいって・・・・理由がなければ、生きていけないのだろうか。
俺は、そんな事考えた事もなかった。
だって、毎日テニスに明け暮れて・・・優しい先輩達や、クラスの皆と過ごしていて・・・。
充実していたんだ。とても。
だから、考える事は、出来なかった。
「人間ってさ、何かやるべき事があって、産まれてきたんでしょ?
きっと、鳳君は、テニスをやる為に・・・・かな?今は。
これからは、どうなってくるか分からないけれど。今は、テニスだよね?
私はね、無いの。捜しても捜しても無いの。考えても考えても、思い付かないの。
だから、私は、私の存在理由が欲しいの。気付かないけれど、理由はあるんだよ、きっと。
だけど、私は、どうしても見つからない・・・・。」
さんは、儚そうだった。
俺は、そんな風に見えてしまった。
そして、思わず見とれてしまう。彼女に。
彼女の、仕草に。その表情に。
「で・・・でもさ。きっと、見つかるよ。理由。」
「・・・・・・・・鳳君。君の優しさは、時に人を傷つける凶器になるよ。
私は、そう感じる。“きっと、見つかる”それは、確実に?確信なの?それとも、気休め?」
さんは、表情を一変させた。
怒っている。明らかに。
俺が、怒らせてしまった。
とっさに言ってしまった、慰め。
それによって、さんは、傷付いてしまった。
明らかに、俺が悪い。
何故なら、確実に見つかるとは言い切れないから。
俺は、神じゃない。
だから、“絶対”は、ないんだ。
「まぁ、良いよ。今回は、許してあげる。次回は、無いと思えよ?鳳少年。」
う、うわ・・・・可愛い。
可愛かった。本当に。
ちょっと、悪戯っ子の様な笑みの中に、可愛さがあって。
思わず、ドキッとさせられる。
そんな笑顔。さんの、笑顔・・・・初めて見たな。
こんな笑顔をする人だったのか。
今までの、さんは、余り話をしなかった人だから。
どちらかと言えば、無表情な感じ。
そんな印象が、今日、変わった。一変してしまった。
さん、存在理由。
それは、なんなのだろうか?
俺には、分からない。さんにだって、分からない事が、俺には、分かるはずがない。
だけど、何だか悲しくなってきた。
むねが、締め付けられる様な感覚。
「さ、もう行きなよ。鳳君は、部活でしょう?此処までやってくれて有り難う。
後は、私がやっておくから。心配しないで、行って良いよ。」
「あ・・・・・うん。分かった。」
俺は、そう言って立ち上がる。
部活をしに行く為に。
さんは、帰宅部。だから、この後は、帰るだけ。
教室の、出入り口に差し掛かったところで。俺はさんの方に、振り向いた。
「どうかしたの?急に立ち止まって。」
「あ・・・・・うん・・・・あのさ・・・。」
俺は、さんを見つめる。
ふと、思い付いた事だから、どう話して良いか困ってしまう。
でも、言った方が良い。俺は、そう思った。
「その・・・・さんの、存在理由・・・俺じゃ、駄目かな。」
言ってしまった。
どう感じただろうか。さんは。
変な人間だと、思っただろうか?俺の事を。
照れる。これって、何だか告白している感じじゃないか?
「鳳君。」
さんが、俺の名前を呼んだ。
呼ばれた事で、俺は、彼女の方を向く。
夕日が、眩しかった。とても。
「有り難う。」
その“有り難う”は、どっちの有り難うなのだろうか?
気持ちだけを、貰っておくという意味?
それとも・・・・・・・。
「さ、行って!!かなりの時間のロス。怒られちゃうでしょ!」
さんは、それ以上何も言わなかった。
しつこく聞く訳にもいかなかった俺は、渋々テニスコートに向かう。
明日は、聞けるだろうか。
俺は、気休めでも、哀れみでも、慰めでも何でもない。
アレが、俺の本心。
あの言葉は、俺の気持ちを表している。
さんの、存在理由になりたい。どうしても。
時間が掛かっても良いから。いつか、そうなる事を願いながら、俺は走り出した。