忘れないで、
どうか。
どうか、これだけは。
分かって欲しい。
忘れないで、欲しい。
どうか・・・・・どうか。
「先輩。」
屋上に、やってきた。
先輩に、会いたかったから。
今日も、晴天だったから。
絶対に、いると思った。
だから、この場所にやって来た。
「やぁ、鳳長太郎君。」
「・・・・・・フルネームじゃなくて良いんですよ。」
「そうは、いかないよ。私は、そう呼ぶのが好きなんだから。」
先輩は、フルネームで呼ぶ。
これは、嫌がらせとかそんな事じゃない。
気に入った相手を、フルネームで呼ぶ癖があるだけ。
彼女にとって、友情の証でもある。
だから、嬉しい事は嬉しいんだけど・・・・・。
(やっぱり、名前だけで呼ばれたい。)
先輩の、特別の中の・・・・特別な存在になりたい。
日々、その事を願っている。
それを宍戸先輩に言うと、飽きられてしまう日々・・・・・。
まぁ、無理だって言いたいのは分かっているけれど。
「今日も、良い天気ですよね。」
「ん?うん、そうだね。良い天気だよ。鳳長太郎君は、晴れが好き?」
「はい。好きです。」
「私は、嫌いだよ。」
“晴れは、好きじゃない”
先輩は、そう言った。
俺は、ただただ驚いた。
感情が、無かった表情と。
蒼い蒼い空を見つめている、虚ろな瞳。
どうして、そんな表情をするんだろう。
どうして、そんな瞳で空を見上げているのだろうか。
俺には、分からない・・・・・。
「ねぇ、憎らしいとは思わないかな?こんなに、晴れて・・・・。」
「そうですか?」
「そうだよ。」
即答して、先輩は歩き出す。
俺を、その場に残したまま、屋上の出入口へと。
「あ・・・・ま、待って下さいよ。」
「うん?何か用かな。鳳長太郎君は、部活があるんじゃないのかい?」
「あ、あります・・・・ありますけど・・・・。」
気が付けば・・・・・俺は、先輩の腕を掴んでいた。
一体、俺は何をやっているんだろうか。
自問自答しながらも、先輩の腕を掴んだままで離す事が出来ない。
「何かな?」
「えっ・・・・と・・・。」
何を言おうか。
そんな事は、全く考えていなかった。
自然と出てくる言葉。
でも、時に出て来てくれない事がある。
今が、その時。
全く出て来ないし、思い浮かびもしない。
「用は、無いのかな?」
「えっと・・・・ですね・・・ど、どうして晴れが嫌いなんですか?」
「どうして?」
俺の質問が、可笑しかったのだろうか。
先輩は、クスクスと笑い始めた。
俺は、変な質問をしていないと思う。
でも、先輩が笑っているのだから、可笑しいのかも知れない。
「ふぅ・・・・済まないね。初めて聞かれたからね。思わず、笑ってしまったよ。」
「いえ、構いませんよ。」
「鳳長太郎君は、優しいね。周りの皆にも、こんなに優しいのかな?」
意地悪そうな表情を浮かべる、先輩。
俺が、周りに優しい?
否、そんな事ない。
そんな訳が、ない。
それは、良いように解釈されているだけだ。
俺は、優しくなんかない。
絶対に・・・・・・絶対に・・・・・・・・・・。
「おっと・・・・困らせてしまったみたいだね。」
“どうも、これが私の悪い癖みたいだね”
先輩は、笑っていた。
さっきまでの、あの意地悪そうな笑顔じゃなかったけれど。
「質問に、答えよう。」
先輩は、空を見上げた。
俺も、つられる様に、蒼い空を見上げる。
蒼い空は、とても澄んでいて。
蒼い空は、とても美しくて。
蒼い空は、白い雲と綺麗なグラデーションを作り上げていて・・・・・・。
そんな蒼い空を、二人で見上げた。
「綺麗過ぎるんだよ。」
先輩は、見上げたまま、言葉を発する。
「この空は、綺麗過ぎるんだよ。憎たらしい位に。
こんな私みたいな最低な人間を、嫌な気分にさせる位に。自分がどんな人間か、見せ付けられるから嫌いだよ。」
何を、言っているのだろうか。
確かに、蒼い空は綺麗だ。
でも、先輩が、綺麗じゃないって事は有り得ない。
それなのに、どうしてそんな事を言うのだろう。
「私はね、鳳長太郎君。」
先輩は、空を見上げたまま。
嫌いな空を、見つめたまま、話しを続ける。
「私はね・・・・・。」
“鳳長太郎君が、好きなんだよ”
夢じゃないかって、思った。
また、冗談じゃないかって、思った。
ただ、そう言ったら、俺がどんな反応をするかを見たいだけなんじゃないかって・・・・・・思ってしまった。
「・・・・・ま、だから鳳長太郎君が、他の女子諸君に優しくしていると嫉妬してしまう訳だ。」
“汚いだろう?だから、晴天は、嫌いなんだよ”
俺は、理解できない。
そう言った、先輩を。
どうして、汚いのだろうか。
“嫉妬”という感情は、誰にでもある。
勿論、俺だって例外じゃない。
俺だって、その感情を持ち合わせている。
「・・・・・・先輩は、綺麗ですよ・・・。」
「それは、無いよ。有り得ない。・・・・・・さて、私は帰るよ。見たい番組が、私を待っているから。」
“じゃあ・・・・・。”
それだけを言って、先輩は階段を降りていく。
俺は、当然一人になってしまった。
「・・・・・・・・・・分かっていないなぁ・・・・・。」
分かっていない。
本当に、分かっていませんよ。
先輩は、とても綺麗だ。
綺麗過ぎるから、眩しい。
俺は、本当にそう思う。
「忘れないでくれているかな・・・・・・。」
俺は、ふと思い出した。
先輩と、出会った時の事を。
あの時、思わず出てしまった台詞を。
どうか、忘れないでいて下さい。
俺が発した“綺麗”という言葉を。
明日は、もう一つ忘れられない言葉を言いますから。
そう・・・・先輩。
“好き”
という、言葉を貴女に。
今日は、言い逃げされてしまったけれど。
明日は、返事を聞くまでは帰しませんよ・・・・・?