黙ってキスをする俺を赦して
きっと、卑怯な奴なんだと思う。
“きっと”も“思う”も要らないかも知れない程、俺は卑怯な人間なんじゃないのだろうか。
自分の目の前で眠る彼女を見て、彼はそんな事を考えていた。
思い起こせば、数ヶ月前の事。
あの時も彼女は、こうして気持ち良さそうに静かな寝息を立てて眠りについていた。
学校は放課後になっており、既に日は沈み、月が蒼白く光輝いている時間にまでなっていた。
帰らないのだろうか・・・・・そう思いながらゆっくりと眠っている彼女の方へと近付いていく。
広い図書館。
ゆっくり・・・・・静かに近付いても、響いてしまう靴音。
それでも彼女は、未だ起きそうにない。
まるで童話に出てくる、眠り姫。
そんな姫は、運命の相手である王子の口付けによって、百年の眠りから覚めた。
彼女も、そうなのだろうか・・・・何て、考えるのも可笑しな話。
しかし、試してみたい。
ふと、そういう思いが頭を過った直後、彼は迷いもなく眠りに付いている彼女の額にキスをそっとした。
無意識にではない。
意識的に、キスをした。
名も分からない彼女に。
恋愛感情を持っている訳でもない彼女に。
キスをした。
「何を・・・馬鹿な・・。」
こんな事、赦される筈がない。
恋人が居るかもしれない。
もし居たら、先程の光景を見てしまった可能性もある。
恋人は、居ないかもしれない。
もし・・・・いなかったら?
居なくても、好きな男位はいるんじゃないだろうか。
そう思い込んでしまえば、後悔の念ばかりが自分の心から溢れ出してくる。
そうやって、悔いばかりが溢れ出てくる。
だがしかし、それとは正反対の気持ちも同時に彼の中に芽生えてきていた。
芽生えてきたとしても、それはほんの少しだから・・・・彼は、まだ気付かない。
芽生えたことも、その芽生えた気持ちが何なのかも。
彼は、分からない。
彼は、気付かない。
彼は、後悔ばかりをし続けた。
(今日もまた・・・・・眠っているんだな。)
あれ以来、キスをしたり後悔をしたりの繰り返しばかりが続いている。
名前も学年も知らない彼女に。
何度も何度も何度も・・・・・何度も、キスを。
目の前の彼女は、一度も彼の前で目を覚ます事がなかった。
そして、今日もまた目覚めようとしない。
話がしたい、と思う。
先ずは、普通に自己紹介でも良い。
それで構わないから、話をしてみたいと思う。
出会ってから、随分変わった自分の気持ち。
それに、気付いたから。
そう願っても、彼女は目覚めない。
彼も無理に起こそうとはしない。
起こして話をするのには、まだまだ勇気が足りないから。
だから。
黙ってキスをする俺を、赦して。